さわやか法話 68 四苦八苦

 「これをやるのに四苦八苦だった」とよく使われますが、四苦八苦というと、何か十二苦のように思われます。けれどこれは「生」「老」「病」「死」の四つの苦と「愛別離苦」(あいべつりく)、「怨憎会苦」(おんぞうえく)、「求不得苦」(ぐふとっく)、「五陰盛苦」(ごおんじょうく)のよっつの苦が合わさりまして八苦というのであります。
 生とは、生きていくこと、即ち人生のことでありまして、人間が一生を過ごすということは並大抵の苦労ではありません。その生きていく苦しみを言っているのであります。それに付随して老い行く苦しみ、病気の苦しみ、死の苦しみと、私たちは大きな苦しみを担うわけでありますが、これは皆さんのよくご存じの苦であります。
 次にあります
愛別離苦というのは会うは別れの初めでありましてどんな愛する者でもいつかは必ず別れの苦しみがまいります。怨憎会苦というのは、世の中で気の合う者ばかりはいない。怨み憎しみを抱くような人もおりますが、生きていく上には、そのような人ともお付き合いをしなければいけません。これも大きな苦でわります。次は求不得苦であります。求めているもの、求めていることは、どなたの心にもあります。求めても得られない苦しみと戦っているのが人間の姿であります。次の五陰盛苦は、右に申しましたような苦を集約して、人間として肉体的、精神的なさまざまの欲望に執らわれてしまう苦しみを言っているのであります。
 このように生、老、病、死の四苦と後者の四苦とを合わせて八苦となりますが、そこからあらゆる苦しみ、どうしようもない苦しみのことを称して四苦八苦というようになったのです。人間誰しも、迷いや苦悩のない人はありませんし、この八苦が偽りのない、ありのままの人生ではないでしょうか。そこで「一切皆苦」と言って、私たちをとりこにし、離れない苦しみはどこから来るのかをしっかりと見つめ、そこから、転迷開悟をめざして仏道修行に励む強い信念が生まれてくるというのです。