さわやか法話 64 「三輪空寂」(さんりんくうじゃく)

 私たちは、人様に贈り物をしたり、親切のまことをつくそうとする時、「これをあげるのは惜しいけれど」「これをあげておけばきっと」「たぶん、自分のためになるぞ」「誰かほめてくれるだろう・・・」などという考えが心の片隅をよぎることがあります。
 「三輪空寂」とは、このようなことをいましめた教えであります。「送る自分と、それを受けた人と、さらに送った物の内容、この三つのことを認識し、いつまでも心にとめておくのは、真心からなる行為ではない。」ということで、贈り物によって果報、むくいを求めない姿、それこそ最上の贈り物であり、共に喜び合えることであると示されています。
  電車の中に、優先席があります。老人や、身体の不自由な人の為の優先席です。聞くところによると席をゆずる人が少なくなったのもこれを設けた一因だそうです。車内で「考えていては席はゆずれません。」「三輪空寂」、日々の生活の中に仏道修行の場があることを忘れてはならないと思います。しかし、最近は困った人を見るとさっと席を譲ってくれる人が多くなりました。詩人坂村真民の「小さなおしえ」という詩は、こう呼びかけています。

    見知らぬ人でもいい
    雨にぬれていたら
    走って行って
    傘に入れておやり
    バスから降りるときは
    疲れた車掌さんに
    ありがとうと言っておやり
    道ですれちがう
    おばあさんたちには
    こごえであの世での
    幸せを祈っておやり
    寝返りもできず
    ねている人があったら
    こおろぎのように
    そっと片隅で、愛のうたを
    うたっておやり
    小さなことでいいのです
    あなたの胸のともしびを
    相手の人にうつしておやり

 
私はこの詩の中に、三輪空寂の思いを見出します。 とげとげしい世相の中に、私たちは何とかしてこのような心を養いたいものだと思います。