さわやか法話17 毎年よ、彼岸の入りの寒いのは

 ”毎年よ、彼岸の入りの寒いのは” あの 正岡子規の句ですが、「母の詩、自ら 句となりて」という前書きがあるように、 亡きお母さんの生前の口癖がそのままこんな句になってしまったというのです。 ”お母さん、お彼岸だというのに寒いなあ”と言うと”毎年よ・・”と母上がこの句のように答えられたという。 春の彼岸を迎えられる度に、お母さんを偲び、供養の手向けをしていたのでしょう。
 昨日は彼岸の入り、夕べは小雪がちらちらとしていました。三寒四温、春暖遅々とはよく言ったものです。 ”たがために砕きし骨のなごりぞと、思えばそでに玉とちりける”よく法事などの席で、 ”俺は親から譲り受けた物など何もない。よその家は親の遺産が沢山あったというのに”と、 こんな話を聞くときがあります。そうでしょうか。母の生涯、父の一生を考えてみて、 自分たちに少しの財産も譲れなければ譲れなかったほど、それだけめぐりあわせの悪さに泣き、 不運と戦い続けてきたのであって、何十年もの日暮は誰の為に苦労し、誰の為に泣き、 誰の為に骨を折って暮らしてきたか、それは私のため、家を守るためにひたすら骨を砕いてきてくれたんだということが解ってこなければ駄目です。
 その感謝の表れが朝晩、お仏壇へのお参りです。いつもはなまけていても、このお彼岸くらいはお墓にお参りしようではありませんか。
                                  (栄雄)

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