十六羅漢さま


 「ラカンさんがそろったらまわそうじゃないか。」と、はやしたてながら右隣の人の顔と手の形をまねる「羅漢まわし」の遊びがあったりして、十六羅漢、 五百羅漢などと人々に親しまれてきました。
 碩水寺にも本堂の廊下の棚に十六羅漢がまつられています。一人一人がまったく、 ひとくせもふたくせもあるかのごとき奇妙な姿をしている仏様達です。羅漢はアラカンともいわれ、 「人々の供養を受ける資格のある人」または「尊敬にあたいする人」の意味で、「仏教的修行を完成した人」 つまり悟りを開いた人が羅漢さんと呼ばれるのです。何とも奇妙で特徴のあるすがたは、その羅漢が積んできた厳しい修行の足跡を表しているものです。 非常に深い思索を積んできた羅漢は理屈っぽいこわい面相になり、難行苦行をつんできたから、頭は凸凹がはげしく、苦しみに耐え忍ぶ姿に描かれるのです。
 ですから、羅漢は自ら人生の理想を高くもち、努力し、苦悩して一歩一歩向上しようとする人間の大切な生き方、負けずに努力する尊さを語りかけているのです。 私たちのように禅宗の寺に多くまつられるようになったのも、厳しく修行する羅漢の力をいただいて自己の修業を完成させたいという願いからです。